エルンスト・ユンガー『鋼鉄のあらし』前書き(下)
2017年4月21日 In Stahlgewittern イーリオンの城壁の内にも外にも過ちは起こる(1)。そうした書物が如何にありのままを書いているかという度合いが,その書物に内在する価値の尺度なのである。戦争は,あらゆる人間の行為のように,善と悪から構成されている。しかしながら,これまでになく著しい対立が,民族の力が最高潮に達する領域へと足を踏み入れているのである。限りなく暗い深淵が,最高の価値のすぐそばで口を開けているのである。一人の人間が半ば神懸ったような完成の域に達するようなところでは,死ぬまで理想に殉ずるような自己犠牲的献身は次から次に現れた。ほとんど冷え固まってもいない溶岩に,盛んに穴を穿とうとした者たちが。多くの言葉を尽くした興奮は,危機の一瞬には脆くも崩れ去ってしまう。岩のような意志を持つように見える者も,「真実の地平の上」では,決定的な瞬間において屈服してしまう。いつもはカタカタ音を立てているその剣を抜くこともなく。またある者は,遠くで空が赤く染まり,急かし立てるような低い唸り声が窓をたたくような夜を過ごすのである。
このことは言っておかなければならない。見栄えはしないが,真の,活発な戦士の精神を持ち,初日から最後の日まで任務を務めあげるような真の男は,暗く目立たないところから,輝かしい場所へと昇っていくのである。1914年の狂乱とは何か?大いなる疑問である!しかし,我々はこれだけのことを知ったのだ。灰色の衣服の下に黄金の心と鋼鉄の意志が隠されていることを,最も有能な者たちが選抜されたことを,自らの腕の中に死を投げ込んだことを。―常に変わらない鷹揚さとともに。彼らがその哀れな,血と泥にまみれた顔で,深い穴の中で敵の不意を突こうとしていたような大地に斃れていようと,限りなく広い大平原の土の中で,孤独な,十字架無き永遠の眠りに身を沈めていようと,それは私にとっての福音なのである。彼らは無駄に死んだのではないのだ。たとえ仮に,彼らが夢想したもの以上に他の何かの目的がより大いなるものであったとしても,戦争はあらゆるものの父である。戦友たちよ,あなた方の功績は計り知れないほど大きく,あなた方の記憶は深く刻まれている。あなた方とともに生き,燃えるような絆で結ばれている「兄弟」たちの心に。我々はあなた方の傷に白い繃帯を巻いたのではなかったのか,永遠の帷が下りたようなあなた方の傷ついた眼を見たのではなかったのか。
彼らが経験したことに関して,本書が何らかの認識を与えるということを私は望む。我々はかなりの部分,ややもすれば全ての名誉を失ってしまった。しかし,ただ一つ我々に残っているのは,彼ら戦友とかの栄光に満ちた軍隊,さらに我々が帯びていた武器の数々や我々が戦ったあの激しい戦闘に対する敬意に満ちた追憶である。それらは,もはや小銃や手榴弾だけでなく,生き生きとした心でさえ,ドイツの誇りのために戦おうとしない人々が,道徳の退廃や背信を至上の務めとしているような惰弱な時代には覆い隠されてしまうのである。
(1)“Iliacos muros peccatur intra et extra.” (Hor. Epist. 1.1.16)
イーリオンはホメロスの叙事詩『イーリアス』に登場する都市トロイアの
別名・雅称。
このことは言っておかなければならない。見栄えはしないが,真の,活発な戦士の精神を持ち,初日から最後の日まで任務を務めあげるような真の男は,暗く目立たないところから,輝かしい場所へと昇っていくのである。1914年の狂乱とは何か?大いなる疑問である!しかし,我々はこれだけのことを知ったのだ。灰色の衣服の下に黄金の心と鋼鉄の意志が隠されていることを,最も有能な者たちが選抜されたことを,自らの腕の中に死を投げ込んだことを。―常に変わらない鷹揚さとともに。彼らがその哀れな,血と泥にまみれた顔で,深い穴の中で敵の不意を突こうとしていたような大地に斃れていようと,限りなく広い大平原の土の中で,孤独な,十字架無き永遠の眠りに身を沈めていようと,それは私にとっての福音なのである。彼らは無駄に死んだのではないのだ。たとえ仮に,彼らが夢想したもの以上に他の何かの目的がより大いなるものであったとしても,戦争はあらゆるものの父である。戦友たちよ,あなた方の功績は計り知れないほど大きく,あなた方の記憶は深く刻まれている。あなた方とともに生き,燃えるような絆で結ばれている「兄弟」たちの心に。我々はあなた方の傷に白い繃帯を巻いたのではなかったのか,永遠の帷が下りたようなあなた方の傷ついた眼を見たのではなかったのか。
彼らが経験したことに関して,本書が何らかの認識を与えるということを私は望む。我々はかなりの部分,ややもすれば全ての名誉を失ってしまった。しかし,ただ一つ我々に残っているのは,彼ら戦友とかの栄光に満ちた軍隊,さらに我々が帯びていた武器の数々や我々が戦ったあの激しい戦闘に対する敬意に満ちた追憶である。それらは,もはや小銃や手榴弾だけでなく,生き生きとした心でさえ,ドイツの誇りのために戦おうとしない人々が,道徳の退廃や背信を至上の務めとしているような惰弱な時代には覆い隠されてしまうのである。
(1)“Iliacos muros peccatur intra et extra.” (Hor. Epist. 1.1.16)
イーリオンはホメロスの叙事詩『イーリアス』に登場する都市トロイアの
別名・雅称。
コメント